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杵築簡易裁判所 昭和32年(ろ)36号 判決 1958年7月29日

被告人 塚崎浩史

主文

被告人を罰金二、〇〇〇円に処する。

右罰金を納めることができないときは金二〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和三二年七月二〇日午前五時三〇分頃速見郡山香町野原、羽門の滝下の通称七分三分の水取口において、三分口から引水しようとして水取口を開き、同所にがん張つている田口宗間を水取口から引きのけようとして、同人の右手を引張り又後首を押えるなどの暴行を加え、よつて同人の頭部、胸部に各治療約一週間を要する打撲傷を蒙らせたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

刑法第二〇四条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号、第二条第一項、刑法第一八条、刑事訴訟法第一八一条第一項本文本件公訴事実中傷害の部位に対する判断

検察官の公訴事実は「被告人は前示暴行により田口宗間に対し、判示傷害の他、腰部に打撲傷を与えた」というのである。そして証人内之浦昭の供述及び同人の作成に係る診断書の記載によると、田口宗間は本件発生の翌々日である昭和三二年七月二二日当時、腰部に打撲傷のあつたことが認められ、又証人田口宗間の供述によると、本件発生当時同人は何人かに腰を蹴られたことは認められるが、この傷が被告人の暴行によつて生じたものと認め得られる証拠はないので、この点に対する刑責を被告人に負わすことはできないが、右は一個の訴因中の一部であるので、特に主文においてこの点の判断を示さない。

弁護人の正当防衛及び期待可能性なしとの主張に対する判断

弁護人は「仮りに田口宗間の負傷が被告人の行為に基因するものとしても、当時田口は七分側(被告人の居住する松尾部落)の森永新を水路に突き落し、七分側の水利権を侵害したものであり、これを防衛する為め被告人は已むことを得ずして為した行為であるので、正当防衛である、又何人をしても被告人のような立場に在つた場合には、被告人と同様の行為に出ないことを期待することはできないので、被告人の行為はその責任を阻却する」旨主張するので考案するに、本件発生当時田口宗間は、鍛冶屋坊部落などの三分側水田に引水する為め、前示三分の水取口を開こうとした際、森永新が阻止しようとするので、これを排除するため同人の上体に「せき芝」(水口をふさいであつたわらたば)を突きつけたところ同人が三分側水路に転落したものであることは証人土田学、同河野今朝松、同田口宗間(第二回)の各供述を綜合して認定される、従つて田口の森永に対する攻撃は既に終つていて、森永の身体等に対し防衛する姿はなくなつていたものであるに拘らず、被告人は田口に対し前示の暴行をしたものである又証人田口宗間(第一回)同土田学、同塚崎悍助、同加藤規矩磨、同塚崎{山品}の各供述を綜合すると、羽門の滝から流下する水の水利権について現に民事訴訟が係属中ではあるが、三分側から七分側に引水する旨の申入をすれば夏の土用の入の当日(本件発生はその当日である)から数日間は三分側に引水させるものであつた、しかし三分側は自方に引水権ありとして七分側にその申入をせず、又七分側は、当時三分側に引水させても自方の稲の生育には直ちに影響するところはないが、右滝の水利権は本来七分側にあるものであるから、三分側から引水の申入があれば分水を承諾するが、三分側が申入をせずして引水することは不当であると解していたものであることが認められる、そうすると七分側が右滝から流下する水の水利権について完全な独占権を有していたものとは認められず、仮りに独占権があつたとしても、本来農業用水権は必要水量を限度とするもので、これを越えて流水を処分し、為めに他人の権利を害するような権能を有するものではないから、三分側が引水申入をせずして水取口を開いたことは、道義又は従来の慣行に反することはあるとしても、刑法第三六条のいわゆる権利を侵害したものとは認められず、なお証人河野今朝松、同河野義昭、同加藤規矩磨、同森永慶治の各供述によると、本件発生当時田口は土田学等から訓されて、従順に水取口から離れたものであることが明らかである。従つて田口を水取口から放すには、その場における双方の話合いで解決し得たものであるに拘らず、被告人が田口に対し前示実力を行使したことは、自己の属する七分側の水利権を防衛する意思で行動したというよりも、むしろその場の行がかり上、興奮又は憤慨の結果の行動と認めるを相当とするので被告人の判示所為は正当防衛とは認められない。又右認定の事実の下において、田口に対し暴行をしないことを期待できないものとも認めるに由なく、弁護人の本主張は採用し得ない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 吉松卯博)

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